故人が生前に実行した贈与について、どこまでが遺留分の計算に持ち戻されるのか気になる方も多いでしょう。
そこで今回は、生前贈与はどこまで遺留分の対象となるのか、いわゆる「生前贈与の持ち戻しの範囲」について簡単に解説します。
≪生前贈与は遺留分算定の対象なるか?≫
結論からお伝えすると、生前贈与は原則として遺留分算定の対象となります。
しかし、令和元年(2019年)7月1日施行の改正民法により、その範囲が明確かつ限定的になりました。
遺留分は、原則として、下記の計算式で求めることになります。
「遺留分算定の基礎となる財産」=「被相続人が相続開始の時において有した財産」+「贈与財産」-「 相続債務」
≪遺留分算定の対象となる贈与財産とは?≫
生前贈与は原則として遺留分算定の対象となりますが、では、どこまで遺留分算定の計算に含まれるのでしょうか。
上記の計算式の中の「贈与財産」について詳しく見ていきましょう。
遺留分算定の対象として、遺産に持ち戻される「贈与財産」は、下記の4つになります。
(1)法定相続人以外の者に対する贈与については、原則として、相続開始1年前までにされた贈与財産
(2)法定相続人に対する贈与については、原則として、相続開始10年前までにされた贈与財産
(3)贈与者及び受贈者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って行った贈与財産(期間制限なし)
(4)贈与者及び受贈者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って行った不相当な対価の有償行為の対象となった贈与財産
以下に上記(1)~(4)につき、簡単に解説します。
(1)法定相続人以外の者に対して相続開始1年前までにされた贈与財産 (民法第1044条第1項前段)
具体的に「法定相続人以外の者」の例としては、子の配偶者(義息子・義娘)や孫が典型的です。
亡くなる直前に駆け込み贈与することは、実質的に効果が無いことになります。
(2)法定相続人に対して相続開始10年前までにされた贈与財産(民法第1044条第3項)
法定相続人に対する生前贈与は、相続開始前10年間になされたものまで遡って遺留分算定の計算に算入することになります。ただし、「婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与」に該当するものに限って対象となります。
(3)贈与者及び受贈者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って行った贈与財産(民法第1044条第1項後段)
贈与者及び受贈者双方が、この贈与を実行することにより遺留分を侵害すると認識をしており、かつ贈与者(被相続人)の財産が将来増加しないことを認識していた場合には、上記(1)や(2)の年数制限はなく、相続開始10年以上前の贈与についても遺留分算定の財産に算入されます。
(4)贈与者及び受贈者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って行った不相当な対価の有償行為の対象となった贈与財産 (民法第1045条第2項)
「 不相当な対価の有償行為」とは、例えば時価2,000万円の不動産を金300万円で売買するような
行為です。形式的には贈与(無償行為)ではなく売買(有償行為)ですので、遺留分算定の対象にならなそうです。しかし、不相当な対価(時価と比べて安すぎる代金)で売却した場合は、売主(被相続人)の保有財産を減らす行為、つまり贈与行為と同様に扱い、遺留分算定の対象としています。
≪ま と め≫
生前贈与の当事者(贈与者及び受贈者)としては、生前贈与を行うことにより、将来の“争族”が発生するリスクの有無について、きちんと検証する必要があります。
つまり、複数の法定相続人がいる場合には、不公平感が生じないように相続人間に均等に生前贈与するなどの配慮が必要になるかもしれません。
一方で、既に円満ではない家族関係において、将来の相続発生時に、相続人間で争いが生じるリスクが有る場合には、遺言書で全遺産の承継先を明確に指定しておくと同時に、生前贈与分も含めて遺留分を侵害していないかを検証しておく必要があるでしょう。
そして、遺留分を侵害する恐れのあるケースにおいては、遺留分侵害額請求を受ける側の立場に立って、この分野に精通した法律専門職のアドバイスを受けながら、今からしっかりとした対策をとるべきです。
また、既に相続が発生しているケースにおいて、遺留分を侵害されたとして、遺留分を請求する側(遺留分権利者)としては、 どこまで遡って遺留分対象財産として計上できるのか、きちんと理解しておくことは大切です。
その上で、生前贈与の有無・詳細を調査したり、遺留分を請求する相手方に情報開示を求めたりしていくことになります。
【参考条文:民法】
第1044条 贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にしたものについても、同様とする。
2 第904条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
3 相続人に対する贈与についての第一項の規定の適用については、同項中「1年」とあるのは「10年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。
第1045条 負担付贈与がされた場合における第1043条第1項に規定する贈与した財産の価額は、その目的の価額から負担の価額を控除した額とする。
2 不相当な対価をもってした有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものに限り、当該対価を負担の価額とする負担付贈与とみなす。