結論から言うと、家族信託の受託者を複数にすることは可能です。
複数の子どもで共同受託して老親の生涯を支えたいというご要望・ご相談を承ることは少なくありません。
実際に、老親の財産管理を仲良しの姉妹が二人で受託者となって業務を分担しているケースがいくつもあります。
また、長女(姉)と長男(弟)が二人で受託者になり、施設入所している老親の日常的な支出等は近くに住む長女が担い、親元から離れて暮らす長男は普段使うことの無い非常用資金を受託者として預かっているケースもあります。
受託者が二人とも信託専用口座をインターネットバンキングに対応させることにより、お互いが管理する口座をID・パスワードで確認し合えるので、いざという時の対応や収支状況を即座に確認できて安心かつ効率的な運用ができている事案もあります。
【受託者を複数にする場合の注意点・リスクは?】
まず大きな注意点としては、受託者が複数いる場合、金融機関において“信託口口座”を作成することはできません(※ 信託口口座とは、信託契約書に基づき「委託者 山田父郎 受託者 山田子太郎 信託口」というような名義で作成された口座を言います)。
したがいまして、受託者の個人口座を“信託専用口座”として金銭管理をする必要があります。
もう一つの注意点としては、信託事務の処理については、保存行為を除いて原則として受託者の過半数をもって決するとなっていることです(信託法第80条第1項)。
たとえば、受託者が2名いる場合、実際は2名の意見が一致しなければ、言い換えれば2人の意見が対立してしまうと、財産管理業務(信託事務)を円滑に行うことができなくなり、信託の目的を達成できなくなる可能性も出てきます。
信託事務の遂行に支障が出る事態にまで発展しないまでも、受託者同士が協力しなければ信託事務をスムーズに遂行できないこともあり、受託者1名の時よりも機動力の面で劣る可能性があります。
その代表的な場面が、信託不動産を売却する場面です。
老親(委託者兼受益者)の保有不動産を信託財産とする信託契約において、受託者をその長男と長女にした場合、当該不動産の登記簿には受託者2名の名前が所有者欄に記載されます。実質的に2名の共有状態のような形になりますので、もし将来的に信託不動産を売却するとなったら、受託者両名の実印押印と印鑑証明書の用意が必要になります。
つまり、信託不動産の処分方針につき受託者間で折り合いがつかなければ、信託不動産は売却できないことになり、受益者たる老親にとっても困る事態が生じかねません。
そのリスクを踏まえ、家族信託に精通した法律専門職を交えて、家族内できちんと話し合い、敢えて受託者を複数にするべきかどうかを検討する必要があります。
そして、もし受託者を2名にした場合には、どのように役割分担をするのか、あるいは、どちらかの意思決定を優先するような別段の定めを置くのか(信託法第80条第6項)ということについて、しっかりと決めておくことが大切です。
受託者は複数にせず、敢えて単独の受託者にして、他の兄弟姉妹は第二受託者(予備的受託者)として後ろに控えておく、あるいは、他の兄弟姉妹を信託監督人や受益者代理人に指定することで、常に家族信託による財産管理に関与し続けるというような設計も良策となるでしょう。
【受託者を3名以上にすることは?】
通常、受託者を複数名にすると言っても、3名以上にすることはあまり勧めできません。信託事務の処理については、受託者の過半数をもって決するとされていますが、受託者の合議で財産管理を進めようとすると、意思決定の過程が難航したり、機動力にかける可能性があるからです。
受託者を複数名にしなくても、定期的な家族会議の中で財産管理や処分の方針を話合いで決めていければ、敢えて受託者という立場を複数にしておかなくても良いケースは多いと言えます。
【受託者複数の場合の法的取り扱い】
受託者を複数にした場合、法律的には信託財産は受託者が「合有」していることになります(信託法第79条)。
したがって、信託財産の保存行為については、各受託者が単独で決することができますが(信託法第80条第2項)、信託財産の処分については、前述のとおり共同受託者全員の協力が必要となります。
なお、受託者が2人以上いる信託の場合、どちらか1人が死亡等により受託者の任務が終了することになっても、信託行為に別段の定めがない限り、残ったもう1人の受託者が当然に権限を有することになりますので、引続き信託事務を単独で行うことになります。
つまり、特段の事情が無ければ、新たな受託者を選任する必要はありません。