結論から先に申し上げますと、「できます」というのが答えになります。
これから、そのご説明をします。
まず、受託者には『忠実義務』が課せられ、受託者はもっぱら受益者の利益のためにのみ、忠実に信託事務の処理その他の行為をしなければならない(信託法第30条)ということを認識するところから始めたいと思います。
言い換えると、受託者は、信託財産(=受益者の財産)を受益者のために管理・処分・給付しなければならないということになります。
原則として、受託者が受益者以外の者のために財産を管理・処分したり、あるいは給付することは、この忠実義務に違反するため、してはならないということになります。
ただし、これには唯一の例外があります。
それは、受益者の扶養家族に対する財産給付です。
例えば、委託者兼受益者が父親(夫)である場合の「専業主婦の母親(妻)」や「幼少の子」、あるいは「障がいを持つ子」などの生活・介護・療養・教育等にかかる費用を信託財産から給付することは、法的にも税務的にも問題ないと考えます。
これまで父親が扶養してきたこれらの家族に対して、家族信託を実行したばかりに、家族に対する給付ができなくなったのでは、家族信託の制度趣旨が歪められてしまいます。
もう一度結論を申し上げますと、受託者は、受益者が負う扶養義務に基づく財産給付を、受益者に代わって行うことが可能です。
ただし、信託契約書の中で、受託者の業務内容・権限として、受益者の扶養家族にも扶養義務に基づき生活費等を支給する旨をきちんと規定しておくことが重要です。
また、もう一つ重要なことは、「扶養義務に基づく財産給付」と「生前贈与」とは決定的に違うということを理解・認識することです。
一言で違いを言うと、「扶養義務に基づく財産給付」は、生活・介護・療養・教育等にかかる“実費”であり、「生前贈与」は、使用目的も問わずにざっくりあげてしまうことです。
つまり、扶養義務に基づく実費の支給は、税務上は常に非課税となりますので、贈与税の課税対象となる贈与とは、全く違う概念になります。
このことは、実は家族信託のコンサルティングを行っている法律専門職(弁護士・司法書士 ・行政書士・税理士・コンサル会社)でも良く分かっていらっしゃらない方が多いというのが実状です。
受託者が受益者となっていない「受益者の扶養家族」に財産給付すると忠実義務違反になるのでできないと思い込んでいる方は比較的多いです。
そして、扶養家族も敢えて受益者に入れるという変な設計をしてしまうことで、整合性が取れず、法律的にも税務的にもリスクが生じかねない設計になっているケースを度々見かけます。
「扶養家族も受益者に入れましょう」「扶養家族も受益者に入れなければダメです」というコメントをする専門職がいたら、その方に依頼を頼むのは慎重にされた方が良いかもしれません。