弊所では、個人のお客様からのセカンドオピニオンサービスを実施しておりますし、全国の法律専門職や金融機関等からの依頼に基づき、家族信託の契約書のリーガルチェック・作成指導をさせて頂いています。
毎月50件前後の信託契約書のリーガルチェック等の中で、典型的にリスクのある信託契約書の条項や陥りがちなミスについて解説いたします。
今回は、『委託者の地位の承継』について取り上げたいと思います。
世の中に出回っている典型的な契約条項について
これまで数多くの家族信託・民事信託の契約条項が記載されている書籍が出版されています。
また、インターネット上でも、典型的な契約書例として条項が紹介されているのを見かけます。その中には、下記のような条項も散見されます。
「委託者の地位は、相続により承継せず、委託者の死亡により消滅する。」
「委託者の地位は、委託者の死亡により消滅し、その相続人に承継されない」
これらの条項は、特段法的に問題がある訳ではありません。このような規定を置くに至ったのには、次のような理論構成があることが想定されます。
信託法第147条(※1)の反対解釈により、契約により設定した信託における委託者の地位は、その相続人全員が委託者の地位を相続により承継すると考えることになります。
そのため、信託契約書において「第二受益者」として単独で信託財産を承継する者を指定している場合に、委託者の相続人のうち「第二受益者」に指定されなかった者は、財産を承継しないにもかかわらず、委託者の地位だけを取得するという複雑な法律関係を生じさせます。
そして、委託者としての権利は、信託を設定した者のみが適切に行使し得るものであって、委託者の相続人にはその適切な行使を期待することが難しい、もっと言うと、財産を承継しなかった委託者の相続人が当該信託に対して快く思わずに、当該信託に対して妨害的な行為をしてくることもあり得るかもしれません。
このような考えに基づき、「受益者連続型信託(委託者兼当初受益者が死亡しても信託が終了せず、2次相続以降の財産の承継者を指定する設計の信託)」の場合において、委託者の地位・権利を敢えて消滅させる文言を置くことは理解できます。
しかし、家族信託の実務においては、この条項を置くだけでは、残念ながら満点の回答にはなりません。
委託者の地位の承継に関する条項はこの定型条項で十分
では、委託者の地位の承継に関する条項は、どのようにすれば満点に近くなるのでしょうか?
結論から申し上げますと、例えば下記のような条項を置くことがお勧めということになります。
「委託者の地位は、相続により承継せず、受益者の地位とともに移転する」
このように、委託者が死亡しても委託者の地位は消滅させずに、後継受益者が委託者の地位も受益者の地位(受益権)と合わせて承継する旨の条項を置くのが模範解答となります。
では、このような条項を置くその意義・メリットについて、次の2つが挙げられますので、以下にご紹介します。
1.後継受益者も当然に「委託者」になり得ること
当初受益者(例えば父親)の死亡後、後継受益者(例えば母親)の代において、当該後継受益者の判断能力に問題が無ければ、自らの固有財産(例えば母親所有の金融資産など)も受託者に管理を任せるということも多分に想定されます。
これを“追加信託”と呼びますが、追加信託をすると、その追加で託した財産については後継受益者も「委託者」の立場になることになります。
以上を踏まえれば、例でいうと父親亡くなった際に委託者の地位を消滅させて、母親に地位を承継させないことの実質的な意味はないと考えます。
前述の委託者の地位を消滅させることが法的安定性を確保するためという動機であれば、そもそも受益者にならない当初委託者の法定相続人に委託者の地位を持たせないようにすればいいだけの話になります。
まさに受益権に委託者の地位を貼り付けて受益者となる者が必ず委託者の地位も承継することにより、常に自益信託(委託者=受益者)の形態を維持することになり、法的安定性は実現できます。
2.登録免許税・不動産取得税の課税において不利益が生じ得ること
老親の認知症による資産凍結を避け、その生涯を万全に支えるために家族信託を実行し、片親又は両親を看取った段階で信託契約を終了させ、信託終了時の残余の信託財産をその法定相続人となる子供に承継させるケースは非常に多いです。
このケースにおいて、残余財産に不動産があれば、残余財産の帰属権利者に指定された子が信託の終了により所有権財産を取得することになります。この際の登記手続きは、受託者から残余財産の帰属権利者への「所有権移転及び信託登記抹消」という登記手続きをすることになります。
この登記手続きにおいて、所有権移転登記分にかかる登録免許税の税率は、原則2%(20/1000)が適用されますが、残余財産の帰属権利者が当初委託者の法定相続人である場合は、登録免許税法第7条第2項(※2)の適用を受けることにより、0.4%(4/1000)の税率が適用になります。
先の例でいうと、委託者兼受益者を父親とする信託契約が、父親死亡により終了し、残余財産を長男に帰属させる場合は、問題なく0.4%の税率が適用されます。
一方、受益者連続型として設計し、委託者兼当初受益者を父親、第二受益者を母親、両親の死亡により信託契約が終了し、残余財産の帰属権利者を長男に指定する場合も、帰属権利者が当初委託者の法定相続人であるから、0.4%の税率の適用が想定されます。
しかし、実は登録免許税法第7条第2項の規定をよく読み解くと、受益者連続型信託の終了時に0.4%の税率の適用を受けるための要件が定められており、この要件を満たさないと2%の適用を受けてしまう恐れがあります。
それが、登録免許税法第7条第2項の中の「委託者のみが信託財産の元本の受益者である場合」という要件です。
この要件を満たすためには、委託者の地位を消滅させずに、後継の受益者に委託者の地位も合わせて移転させることが必要となります。
ちなみに、信託終了により残余財産の帰属権利者が所有権財産としての不動産を取得する場合に、不動産取得税の課税の問題が生じますが、不動産取得税の課税の根拠となる地方税法第73条の7第4号(※3)においても、先の登録免許税法第7条第2項と同趣旨の規定が置かれております。
従いまして、登録免許税の適用税率の問題だけではなく、不動産取得税の非課税条項の適用を受けるためにも、委託者の地位は消滅させない方が無難という結論になります。
なお、残余財産の帰属権利者が当初委託者の法定相続人でない場合は、そもそもの原則に立ち戻って、登録免許税の適用税率が2%となり、不動産取得税も課税されますので、ご注意ください。
まとめ
以上、受益者連続型信託における「委託者の地位の承継」に関する条項について解説いたしましたが、当初の委託者兼受益者が死亡したことにより信託契約が終了する“一代限り”の信託の場合は、そもそも委託者の地位の承継の問題は生じません(信託契約が終了する以上、委託者の地位を消滅させる意味も承継させる意味も実務的には無いと言えます。)。
家族信託の設計コンサルティングを手掛ける弁護士・司法書士・行政書士等の法律専門職の中にも、かなり多くの方がこの理屈を理解していない方がいるようですので、ご注意下さいませ。
(※1)
【信託法】
第147条(遺言信託における委託者の相続人)
第3条第2号に掲げる方法(※遺言によって信託を設定する方法)によって信託がされた場合には、委託者の相続人は、委託者の地位を相続により承継しない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
(※2)
【登録免許税法】
第7条第2項(信託財産の登記等の課税の特例)
信託の信託財産を受託者から受益者に移す場合であつて、かつ、当該信託の効力が生じた時から引き続き委託者のみが信託財産の元本の受益者である場合において、当該受益者が当該信託の効力が生じた時における委託者の相続人(当該委託者が合併により消滅した場合にあつては、当該合併後存続する法人又は当該合併により設立された法人)であるときは、当該信託による財産権の移転の登記又は登録を相続(当該受益者が当該存続する法人又は当該設立された法人である場合にあつては、合併)による財産権の移転の登記又は登録とみなして、この法律の規定を適用する。
(※3)
【地方税法】
第73条の7(形式的な所有権の移転等に対する不動産取得税の非課税)
道府県は、次に掲げる不動産の取得に対しては、不動産取得税を課することができない。
一 相続(包括遺贈及び被相続人から相続人に対してなされた遺贈を含む。)による不動産の取得
二 法人の合併又は政令で定める分割による不動産の取得
二の二 法人が新たに法人を設立するために現物出資(現金出資をする場合における当該出資の額に相当する資産の譲渡を含む。)を行う場合(政令で定める場合に限る。)における不動産の取得
二の三 共有物の分割による不動産の取得(当該不動産の取得者の分割前の当該共有物に係る持分の割合を超える部分の取得を除く。)
三 委託者から受託者に信託財産を移す場合における不動産の取得(当該信託財産の移転が第七十三条の二第二項本文の規定に該当する場合における不動産の取得を除く。)
四 信託の効力が生じた時から引き続き委託者のみが信託財産の元本の受益者である信託により受託者から当該受益者(次のいずれかに該当する者に限る。)に信託財産を移す場合における不動産の取得
イ 当該信託の効力が生じた時から引き続き委託者である者
ロ 当該信託の効力が生じた時における委託者から第一号に規定する相続をした者