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経営のリスク対策としての「株式信託(自社株信託)」のメリット

2月 9, 2023

中小企業の後継者問題が取り沙汰されておりますが、その背景には、オーナー社長(社長兼大株主)の高齢化があります。

オーナー社長の事故・急病などの緊急事態に備えること、また、将来の円滑な事業承継に向けて中長期計画を立てて確実に実行していくことは、企業の最重要課題であり、“社会の公器”を取り扱う者としての義務でもあるといえます。

そこで、本稿では、中小企業のオーナー社長の事故・急病対策や事業承継対策として、気軽かつ堅実に実行できる「株式信託(自社株の信託)」についてご紹介します。

「株式信託」を活用するメリットは、大きく分けると3つありますので、まずはこの3つのメリットを有効に活用すべきかどうかの観点から、皆様の会社でも「株式信託(自社株信託)」を検討いただきたいです。

 

(1)オーナー社長が倒れた場合などにおける、“経営判断の凍結”を回避するBCP(事業継続計画 )対策として活用する

一般的に、「BCP」(※)とは、企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のことをいいます(中小企業庁のホームページより。※「Business Continuity Plan」の略)。

しかし、本稿でいう緊急事態は、災害などではなく、オーナー社長(社長が100%株主である場合は勿論のこと、社長が発行済株式総数の過半数を保有している場合を想定)が事故や大病、認知症発症などにより、株主総会を適法に開催して有効な決議をすること(=経営判断)ができなくなる事態を想定しております。
こうした“経営判断の凍結”を回避することを目的に、自社株を信託財産として「株式信託」を実行するケースが増えています

 

「株式信託」の具体的・典型的なケースとしては、オーナー社長Aを「委託者」、後継者又は腹心の部下などを「受託者」として信託契約を交わし、自社株を「信託財産」として管理を託す形態があります。

これにより、株主としての権利行使、具体的には株主総会における議決権行使(=経営判断)は、「受託者」が行うことが原則となりますが、信託契約の中で「指図権者」を置き、指図権者をオーナー社長Aにしておけば、これまで通り株主総会における議決権行使は、実質的にオーナー社長Aが行うことになります。つまり、株式信託を実行しても経営権は、引き続きオーナー社長Aが確保できます。

 

その一方で、もしオーナー社長Aが倒れた場合には、Aが「指図権」を行使できなくなりますが、この場合は原則論に戻り、「受託者」が議決権行使を行えます。つまり、もしオーナー社長Aが倒れる緊急事態が生じても、株主総会において、決算承認、予算承認、役員選任、役員報酬改定、増資、減資、M&Aといった経営判断が受託者主導で確実にできることになります。
特に、銀行融資を受けている会社や外部株主がいる会社は、コンプライアンス(法令遵守)が求めれますので、実際には大株主が寝たきりで意思表示もままならない状態でありながら、株主総会を開催したことにして議事録を作ることは、各種法令違反を堂々とすることを意味します。
最悪の場合は、事業用債務の一括返済を求められたり、虚偽決算として会社に対して損害賠償を請求されることもあるでしょう。

 

このような事態を避けるためにも、中小企業のオーナー社長は、BCP(事業継続計画)対策として、「株式信託」を検討することは非常に重要です。
オーナー社長の年齢は本来関係なく、30代・40代の社長であっても、“保険”の意味で「株式信託」を検討する価値はあります。
反対に、60代・70代以上のオーナー社長は、大病や認知症発症リスクがより高まりますので、早めに「株式信託」を検討したいところです。

 

(2)大株主の判断能力が低下・喪失しても自社株の暦年贈与を確実に実行できる

前記(1)では、会社の事業継続性を守るための「株式信託」のメリットをご紹介しました。

2つ目のメリットは、将来の円滑な事業承継に向けた施策としてのメリットです。

 

オーナー社長は、将来の相続税負担を軽減するために、後継者たる子に株価が低いタイミングで自社株を生前贈与するケースは多いです。この場合、発行済株式総数の過半数を超える株式を子に渡した時点で、理論上経営権は子に移ることになってしまいます。

これを避けるために無議決権株式・黄金株などの「種類株式」や「属人的株式」を導入するケースを見かけます。「種類株式」や「属人的株式」を活用することで、発行済株式総数の過半数を超える株式を後継者に渡したとしても、オーナー社長が納得のいくタイミングまで経営権を手放さずに済むため、自社株の生前贈与に二の足を踏まなくて済むというメリットがあります。

ただ、「種類株式」や「属人的株式」も、普通株式と同じ“所有権財産”となりますので、株価を見ながら何年もの年数をかけて後継者に暦年贈与する計画の場合は、オーナー社長が判断能力を喪失した時点で贈与行為ができなくなり、その時点で暦年贈与計画は中止となります。

この点において、次の「株式信託」が効果を発揮します。

 

具体的な「株式信託」のイメージは、前記(1)と同様です。

つまり、オーナー社長(現社長兼100%株主)Aを「委託者」、後継者たる長男Xを「受託者」として信託契約を交わし、発行済の自社株すべて(1000株)を「信託財産」として管理を託します。

Aが元気なうちは、長男Xに対し信託受益権の一部贈与します(例えば、10%の受益権を贈与すると、実質的に100株を贈与したことになります)。

もしAが判断能力を喪失したら、信託受益権の贈与もできなくなります。しかし、信託契約書の中で信託法第89条に基づく「受益者変更権者」を指定しておけば(例えば顧問弁護士や顧問税理士などを指定するケースが多いです)、「受益者変更権者」が変更権を行使することで実質的にAに代わって暦年贈与を実行することも合法的に可能となります。

つまり、1回の贈与で発行済の自社株100%を贈与する場合であれば、「種類株式」や「属人的株式」でも実質的に同様の効果となりますが、数年以上に分けて暦年贈与を実行すべきような株価が高い中小企業は、暦年贈与の計画が確実に完遂できるように、「株式信託」が最良の選択肢になります。

 

(3)後継者を急きょ変更する事態でも、旧後継者候補に渡した自社株を回収できる

前記(2)の事例で、後継者たる長男Xに自社株を生前贈与する場合に、普通株式・種類株式・属人的株式といった所有権財産として渡す場合のリスクを考えます。

もし後継者たる長男Xが事故などで急死した場合、生前贈与で既に渡しておいた自社株は長男Xの妻や子に相続されてしまいます。急きょ、二男Yを会社の後継者として擁立した場合、長男家族に承継された自社株を買い取りするなどして取り戻さなくてはなりません。

また、そもそも後継者となる予定だった長男Xに経営の才覚が無く別の後継者を擁立する事態や長男Xが会社を継ぐことを急きょ拒絶する事態も想定しましょう。この場合も、長男Xが自主的・友好的に新後継者となる二男Yに自社株を譲渡してもらう必要があります。

つまり、後継者たる長男Xの急死などの緊急事態が生じたり長男Xが後継者とならない場合は、長男X側が保有する所有権財産たる株式は、長男X側の協力が無ければ動かせない株式であるため、万が一、株式の買い取り交渉が難航したり、円満に譲渡してもらえない事態に陥れば、会社にとっての経営リスクになりかねません。

 

このような事態を回避するためにも「株式信託」は有効です。

「株式信託」を実行し、前記(2)でご説明した「受益者変更権者」を置いておけば、長男X側(長男X又は長男Xの相続人)との信託受益権の買取り交渉が決裂したような場合、最終手段として受益者変更権者に「受益者変更権」を行使してもらえれば、長男X側の同意・承諾を要せず、長男X側が持つ受益権をまとめて新後継者たる二男Yに移動することが可能となります。
「受益者変更権」の行使により長男X又は長男Xの相続人から受益権を回収する場合は、対価を伴わない財産権の移動として贈与税の課税対象になりますが、贈与税を支払ってでも経営権に直結する持ち株比率の確保をし、経営の安定化・盤石化を図りたいケースはあります。

また、もう一つのリスク対策としては、株式信託の契約書の中で、次のような条項を置いておくことも良策となります。
例えば、長男Xが急死した場合、長男Xが持つ信託受益権は長男Xが死亡した時点の会社社長に承継されるように後継受益者を指定しておくなど、当然には長男Xの相続人に承継されないように制限をかけておくこともできます。

 

 

以上、「株式信託」の3大メリットをご紹介しました。この3つのメリットのどれか一つにでも、有効に活用したい場合には、家族信託(民事信託)として「株式信託(自社株信託)」を実行することは良策となるでしょう。

ちなみに、この「株式信託」を一部の信託銀行が商事信託(信託銀行が受託者として株式を預かる仕組み)としてのパッケージ商品を用意していますが、この対策については、高額なランニングコストを支払ってまで商事信託を使う必要性は正直無いといえます。
あくまで、内輪(社内や家族、後継者の中)でランニングコストをあまりかけずに行う仕組みとして検討することが重要です。

 

このように、「株式信託」は、経営のリスク対策・円滑な事業承継(資産承継)対策として、非常に効果的で大きな可能性を秘めた施策になります。

しかも、不動産信託と異なり、不動産の信託登記のような高額の登記費用が発生することもありません。
また、この「株式信託」の実行に関するコスト(専門職へのコンサルティング報酬+公証役場の手数料など)は、会社の必要経費として損金処理も可能です。

導入への心理的・コスト的ハードルも低く、それでいて効果が抜群となる可能性を秘めた「株式信託」について、オーナー社長がいる中小企業は、是非とも検討いただきたいです。

 

 

  • この記事を書いた人

宮田浩志(司法書士)

宮田総合法務事務所 代表司法書士

後見人等に多数就任中の経験を活かし、家族信託・遺言・後見等の仕組みを活用した「老後対策」「争族対策」「親なき後問題」について全国からの相談が後を絶たない。

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