老親の認知症や大病による判断能力低下、そしてその結果としての“資産凍結”。
これに備える施策として注目をされているのが「家族信託」です。
まだまだ親世代が元気でいる場合、家族信託の契約だけ交わしておいて、自分が元気でなくなった段階で信託契約を発効(スタート)させたいという声を聞くことがあります。
そこで今回は、家族信託の契約はいつからスタートすべきか、信託契約の効力発生時期について、簡潔にご説明します。
★家族信託の契約に条件付や始期付は可能★
家族信託の契約は、あくまで「契約」ですから、契約当事者である委託者と受託者の双方が、その契約の意味・効果をきちんと理解できていないと有効に成立しません。
つまり、委託者となる老親が元気なうちに契約をしておくことが重要になります。
その一方で、将来に備え、今信託契約は交わしておくが、実際に契約が発効して、受託者による財産管理をスタートさせるのは、老親の財産管理能力が損なわれたときにしたいというニーズがあります。
確かに、法律的にみれば、信託契約を条件付・始期付にすることは理論上可能です。
ただ、家族信託の場合は、条件付・始期付の信託契約を交わすことはお勧めはできません。
そこで、次に、条件付・始期付の信託契約についてみてみましょう。
★絶対にしてはならない条件付契約とは★
「委託者兼受益者が認知症になったとき」という条件を付けたいというのは、ニーズとしてあるでしょう。
しかし、これは絶対にやってはらない典型的な条件付契約の例です。
「認知症になったとき」というのを条件にすると、いつから信託契約が発効するのか、客観的に明確に日付を特定することが難しいからです。
契約(法律行為)である以上、誰が見ても客観的にいつからスタートするというのが明らかでないといけませんが、「認知症」という漠然とした概念を条件にしてしまうと、法的に契約の発効時期が不確定となります。
では、「判断能力喪失時」とすれば良いかというと、これも問題です。
本人に判断能力が残っていれば、信託契約が発効できないという解釈になり、本人の支援が必要なタイミングでサポートの開始ができなくなります。
★始期付契約も好ましくない★
本人が「75歳になったら」「80歳になったら」という始期付信託契約も考えられます。
ただ、もし万が一本人がその年齢になるまでに病気や事故で判断能力に支障が出ても、家族信託では対応できなくなるます。
将来に備える“保険”のための家族信託が、機能しなくなるリスクが有ると言えます。
★効力発生のタイミングを判断能力喪失時とすることのリスク★
家族信託の契約は、条件付または始期付とすることで恣意的に発効時期を先送りすることはできますが、その発効条件を明確にしたとしても、いくつかのリスクがあるので注意が必要です。
例えば、信託財産に不動産を入れる場合、不動産登記簿に受託者の住所・氏名を掲載する登記手続き、いわゆる“信託登記”をする必要がありますが、この登記手続きは、委託者と受託者の双方の協力が必要です。
もし信託契約の発効を先送りにしてしまいますと、信託登記をすべき時に委託者側の判断能力の低下が著しいと登記手続きを進めることができなくなるリスクが生じます。
また、信託財産たる金銭は、“信託口口座”又は“信託専用口座”にて管理すべく委託者の預金口座から移動することになりますが、送金・移管の手続きは委託者自身でおこなわなければならないため、委託者側の判断能力の低下が著しいと銀行窓口で払戻や送金手続きができなくなります。
つまり、せっかく将来の資産凍結リスクを回避するために家族信託を実行したのにもかかわらず、いざという時に管理を担う受託者にしっかりと財産を引き渡せない(受託者の管理下に置けない)という事態に陥るリスクがあります。
上記を踏まえますと、信託契約の効力発生のタイミングを先送りすることは避けるべきということになります。
★結 論★
上記を踏まえまして、結論としては、委託者が元気な段階で信託契約を締結し、その時点から敢えて信託契約を発効させることが重要になります。
そして、受託者による財産管理について、委託者側がまだまだ元気なうちは、しっかりと目も光らせて財産管理状況をチェックしたり、財産管理(不動産の賃貸経営や資産の運用等について)のノウハウを受託者に伝授したり、自分の要望を受託者に伝えたりというのができますので、親から子への財産承継への準備期間としては、よろしいのではないかと考えます。
以上、今回は家族信託契約の効力発生時期について、判断能力喪失時とすることのリスクもあわせて簡単に紹介しました。