家族信託は、老親や高齢の伯父(叔父)・伯母(叔母)、障害のある方の財産管理や生活サポートをする仕組みとして、誰もが皆利用すべき仕組みと言えます。
将来における財産の管理や処分の局面で、選択肢を減らさない(やりたいアクションがスムーズにできる)という点においては、未来に備える”保険”として、安心を得るための施策とも言えます。
とは言え、家族信託の実行には、手間や導入コストがかかりますので、“費用対効果”を考えますと、絶対に家族信託をやった方が良い方と、必ずしも家族信託をやらなくても良い方がいるのも事実です。
今回は、家族信託が必要なケースと必ずしも必要ではないケースについて解説します。
1.家族信託を実行すべきケース
①老親の預金が凍結すると困る方
将来、入所一時金がかかるような高齢者施設に入所することになっても支障が無いように、老親の預金を任意のタイミングで任意の金額を下ろせるようにしておくこと、いわゆる“預金凍結”対策を実行しておくことは、大きな安心に繋がります。
“預金凍結”を防ぐ手立てとしては、家族信託だけではありませんが、“預金凍結”対策としては家族信託が最上位の安心できる施策であることは間違いありません。
②老親の生前に不動産を動かしたい方・動かさざるを得ないかもしれない方
「不動産を動かす」というのは、老親の自宅や収益不動産などを売却したり、建替えたり、買い換えたりするようなことを意味しております。
例えば、将来、老親が足腰の弱体化で2階建の戸建住宅に住むのが大変になった際に、子の住居の近くのバリアフリーマンションに住み替える(買い換える)ことがあるかもしれません。また、老親の自宅が空き家になれば、売却して売却代金を生涯にわたる介護・施設利用料に充てることもあるかもしれません。あるいは、老親の要介護状態に備え、バリアフリーの二世帯住宅への建替え計画が浮上するかもしれません。
このような積極的な不動産の処分はもちろんのこと、次のようなやむを得ず処分せざるを得ないようなケースもあるでしょう。例えば、老朽化し耐震性が保てない古アパートを解体・売却せざるを得ないケース。高額な施設利用料のため金融資産が底をつきそうなので、不動産を売却して介護費用を捻出したいケースもあるでしょう。
今ではなく、老親の存命中の将来において、不動産を動かしたいときに確実かつスムーズにできるように、家族信託で子世代が万全にできるように備えておく(信託契約で財産の管理処分権限を明確に付与してもらう)方は非常に多いです。
③節税対策を老親が亡くなるギリギリまで実行したい方
保有資産の規模が大きい方は、金融資産や保有不動産を積極的に運用・組換えをし、所得税対策・相続税対策を相続発生のギリギリまで実行したいというニーズが高いです。
このニーズに応えられる仕組みは、「家族信託」がベストと言えるでしょう。
なお、成年後見制度を利用せざるを得なくなれば、その時点で節税対策の実行はできなくなる点にご留意ください。
④何段階にも資産の承継先を指定したい方
自分が亡くなったら配偶者に、次に配偶者が亡くなったら長男に、さらに長男が亡くなったら二男の子に・・・、というように何段階にも資産の承継先を指定したいニーズがあります。特に、地主さん、会社経営者、開業医などの方々は、資産や事業の承継者に関して、あらかじめ資産承継の順番についてのレールを敷いて、確実な承継を実現させたいと考えている方も多いです。
このようなニーズに対しては、「信託」の‟後継ぎ遺贈型受益者連続”という仕組みを活用しない限り実現することはできません。
⑤収益不動産を共有させず、でも賃料収入を複数名に分配させたい方
収益不動産を複数の子に承継させようとすると、普通は不動産を共有相続することになります。しかし、不動産の共有は、将来におけるトラブルリスク・不動産の塩漬けリスクをもたらしかねず、あまりお勧めできるものではありません。共有は回避しながら、収益不動産の賃料は、複数の子に平等に分配してあげたいというニーズに応えられる仕組みとして、「信託」は最適です。
⑥共有不動産を将来的に塩漬けにならないように予防したい方
現在は共有者間の関係が円満でも、もし共有者に相続が起きるなどすれば、共有者間の関係性は希薄になったり微妙になったりするリスクがあります。
円満な共有関係のうちに、共有不動産の管理処分権限を一元化し、将来のトラブルリスクを回避する施策としても「信託」は大きな効果を発揮します。
⑦判断能力の低下している家族(認知症の配偶者や障害のある子)に財産管理の仕組みごと遺してあげたい方
自分亡き後に財産を渡したい相手が、財産管理能力が無いケースがあります。この場合、「遺言」で財産を渡すことはできても、せっかく受け取った財産を自分で管理・処分できないという事態になります。
財産管理の能力が無い方には、成年後見制度を利用するという選択肢がありますが、成年後見制度よりも事務負担や経済的負担も軽く、柔軟な財産管理ができる仕組みとして「家族信託」は検討の価値があります。単に財産を遺すだけではなく、財産を受け取った本人も安心できる財産管理の仕組みごと遺してあげることのメリットも大きいでしょう。
⑧遺言の書換え合戦によるトラブルを防ぎたい方
資産承継先を指定する手段としては、「遺言」が一般的ですが、遺言は良くも悪くも、いつもで書換え・撤回が可能です。
老親の高齢化に乗じて、悪だくみを企てた複数の子が自分に有利な遺言を書かせようと遺言の書換え合戦が起こるケースがあります。
「家族信託」の場合、信託契約書の中で資産の承継先を指定しますので、遺言と違い、老親が勝手に契約条項を書き換えることを防げます。つまり、親が元気なうちに、家族が理解・納得した承継先の指定を信託契約書の中に盛り込んでおけば、親の衰えに乗じた無用な遺言の書換え合戦を防ぐ仕組みも構築できます。
2.家族信託が必ずしも必要ではないケース
①老親の預金が凍結しても困らない方・預金凍結対策ができている方
老親が既に高齢者施設に入所していて、施設利用料は本人の年金受取口座から引落設定されているので、大きなお金を口座から動かす可能性が無い方がいます。そのようなケースでは、老親の判断能力が低下し銀行窓口で大きな金額を下ろしたり送金したりする必要性がほぼなくなりますので、それらができなくなっても実質的に困ることはありません。
また、もし親の預金口座から大きな金額を下ろすことができなくても、子世代側が経済的に余裕があり、高齢者施設の入所一時金を立て替えて払える場合は、やはり老親の口座からお金を移動できなくなっても困ることはないでしょう(老親の相続発生時に精算・返却してもらえば良いです)。
あるいは、老親名義の口座について、「代理人届出」の仕組みを利用していたり、インターネットバンク化しているなどで、既に預金凍結対策ができている方もいるでしょう。
これらの方は、敢えて「家族信託」を実行しなくても、将来における不安やリスクは大きくないかもしれません。
②老親の生前中に不動産を動かす必要のない方
老親の自宅(実家)は跡を継ぐ者が決まっているので、売却という選択肢が無いケース、自宅やアパートを新築して間もないので老親が存命中に建替えたりする可能性が無いケースでは、「家族信託」を実行して、老親の存命中に不動産を動かせるように権限を確保しておく必要性は低いかもしれません。
③生前贈与で資産凍結の回避ができる方
現金や不動産、自社株など、敢えて「生前贈与」で子や孫などに渡すことにより資産凍結対策と相続税対策も兼ねられるケースがあります。贈与税や不動産取得税の課税リスクに対する備えができていれば、生前贈与も資産凍結対策の選択肢になりますので、そのような場合は、敢えて「家族信託」を実行する必要はないでしょう。
④管理を託せる家族・親族がいない
家族・親族はいるけど財産を安心して任せる方はいないケースもあれば、そもそも財産管理について家族・親族の担い手がいないケースもあります。信じて託す相手がいなければ、「家族信託」は活用できません。その場合、家族信託に代わる仕組みとしては、成年後見制度の利用が考えられます。
将来自分の判断能力が低下したときに安心して財産管理や生活サポートを任せられる法律専門職などを探しておき、「任意後見契約」で任せておくことは良策でしょう。