2005年8月1日より全く新しい組織が誕生しました。
その名も『有限責任事業組合』。
米国で普及しているLLP(リミテッド・ライアビリティ・パートナーシップ)の日本版である。
事業者や専門家が連携して行う研究開発型事業などの共同事業については、従来、株式会社や民法組合という組織を立ち上げて運営されてきた。
しかし、株式会社は有限責任であるものの、原則的に出資比率に応じた議決権・利益分配になってしまう。
一方、民法組合は、内部自治や構成員課税といったメリットはあるものの、出資者は無限責任を負うなど、それぞれの組織形態には一長一短があった。
そこで、株式会社や民法組合の長所を活かすことで、人的資産の有効活用や新規創業・創造的な連携共同事業の促進を目指す、新たな組織形態が民法組合の特例として創設されるとこととなった。
【有限責任事業組合の特徴】
(1)有限責任制
株式会社・有限会社・合同会社と同様、出資者(=組合員)は出資の価額を限度としてのみ弁済の責任を負う
(2)定款自治の原則
民法の組合の規定を準用し、会社内部の規律や利益配当については、組合が出資比率に基づかない議決権・損益配当等自由に設計できる
→株主総会・取締役会・監査役などの強制的設置の機関がなく、出資比率に基づかない議決権など柔軟にかつスピードのある意思決定システムを作ることが可能。
→利益配当は、必ずしも出資割合に基づかなくともよく、例えば出資比率は10%でも、収益への貢献が高い出資者には50%の利益配当を出すことも可能
→原則として全員一致で定款の変更その他の会社のあり方が決定され、組合員自らが会社の業務執行にあたる。
(3)構成員課税(スルーパス税制)
法人税がかからず、各出資者(社員)に対する配当に対してのみ直接課税される
→LLPの最大の特徴・メリットであり、似た組織形態をもつ合同会社との決定的な違い。
→利益が出た場合、株式会社や合同会社にすると、会社に法人税が課税された上に、さらに組合員(出資企業)への配当に課税がなされる(二重課税)。
一方、LLPは、利益が出ても法人税は課税されず、各組合員への利益配当にのみに直接課税される。
→利益が出ず赤字の場合、株式会社や合同会社にすると、出資企業の所得と通算できない。
一方、LLPは、出資企業の損益と通算できるので、もしLLP事業で大きな損失が出たときには、出資企業の他の利益と(出資の限度額内で)損益通算して利益を圧縮するという節税メリットが受けられる。
従って、ハイリスク・ハイリターンのジョイントベンチャー(合弁事業)や共同研究開発、産学連携に活用しやすく、LLP制度の導入により、これらを活性化させる政策的な狙いがある。
【有限責任事業組合の仕組み】
(A)組合員
LLPの組合員になるための特別な要件はなく、個人又は法人は1円以上の出資をすれば組合員になることができる(国内非居住者や外国法人も可能)。
ただし、民法組合がLLPの組合員になることはできない。
尚、法人が組合員になった場合、自然人を「職務執行者」として選任する必要がある。
組合員の新規加入は、組合員全員の一致で決定する。
任意の脱退については、原則として止むを得ない事由がある場合にのみ可能。
組合員の出資は、金銭その他の財産(貸借対照表に計上可能な現物資産=動産、不動産、有価証券、特許権・実用新案・商標権等知的財産権を含む)のみに限られ、労務出費や信用出費は認めないとされている。
これは、組合員の有限責任制への配慮によるものだが、労務出資や信用出費に相当する部分の調整・勘案は、内部自治による出資比率にとらわれない議決権・損益分配で柔軟に対応できる。
(B)事業体としての機能
1)契約主体性
LLPは法人格を持たないので、組合名のみでの契約はできないが、組合員各自が組合名の肩書付名前で契約することで、その効果はLLPの全組合員に及ぶ。
例: 『〇〇有限責任事業組合
組合員 ××株式会社 職務執行者 山田太郎 印 』
2) 組合財産の所有形態
LLPは、知的財産権や不動産を組合財産として保有できるが、その所有形態は「合有」とされる。
そのため、観念的持分はあるものの、組合員が自由に処分したり分割請求することはできないし、組合員個々の債権者が組合財産を差押えることもできない。
3) 組織変更
LLPは、民法組合の特例制度で、法人格を持たないため、法人格のある組織形態(株式会社等)への組織変更はできない。
したがって、将来的に株式会社化・株式公開(IPO)を計画しているのであれば、合同会社による事業モデルの方が好ましいといえる。
(C)組合契約書
有限責任事業組合契約は、LLPの運営の基盤となることを定める。
組合員は、LLP法で定められた事項(絶対的記載事項)や組合員が任意に定める事項(任意的記載事項)等を契約書に記載し、全員が実印で署名又は記名押印することが必要。これに合わせ、個人であれば印鑑証明書、法人であれば資格証明書・印鑑証明書を準備する。
LLP契約書の絶対的記載事項は、以下のとおり。
1) 組合の事業
2) 組合の名称
3) 組合の事務所の所在地
4) 組合員の氏名(名称)・住所
5) 組合契約の効力が発生する年月日
6) 組合の存続期間
7) 組合員の出資の目的とその価格
8) 組合の事業年度
尚、一度締結したLLP契約は、組合員全員の同意があれば、原則事業の途中で変更することが可能。
(D)税務会計
LLPは構成員課税なので、当該事業にかかる税務申告は、各組合員が毎事業年度ごとに行う必要がある。
組合の事業を通じて取得した財産を、そのまま組合財産として内部に留保しておくことは可能。
ただし内部留保をしたとしても、組合事業から生じる損益は、すべて各組合員に帰属し、これに応じて各組合員が納税義務を負うので、株式会社における内部留保とは性質が異なる。
つまり、内部留保した財産は、組合員が実質的に再出資したことになり、内部留保をすれば毎事業年度ごとに組合員の出資比率が変化することになる。
【他の組織との比較】
<各種事業形態の比較表>(PDFファイル)
【有限責任事業組合の活用例】
ア) 高度サービス産業:各専門分野の人材が集結しソフトウエア開発や映画制作
イ) 中小企業同士の事業連携:高度な専門技術を持つ中小企業が連携して工業部品を開発・製造することで、下請けから脱却し大手企業に対抗
ウ) 産学連携:製薬会社と大学教授との連携による新薬開発の大学発ベンチャー
エ) 大企業同士の共同研究開発:大手半導体メーカーが次世代技術を共同研究開発
オ) 企業からのスピンオフ・ベンチャー:大手電機メーカーから独立(スピンオフ)した研究チームが親元企業からの出資を経て共同研究開発
カ) 産業再編:石油会社同士が生産コストの低減に向け、石油精製設備の効率的利用のための共同設備の建設・利用
キ) 物流産業の効率化:農業分野における農家・食品流通業者・加工業者等が無農薬野菜・加工食品の流通・加工・販売のネットワークを構築
【有限責任事業組合の運営要件】
(A) 債権者保護規定の整備
1)組合契約書・財務諸表(貸借対照表・損益計算書等)の開示義務
2)組合財産の分配制限、債務超過時の利益分配の禁止
《解 説》
LLPは有限責任制ではあるが、株式会社と違い、登記事項に資本金に相当する記載がない。
そこで、取引相手が安心してLLPと取引を始められるように、LLPへの透明性を高め、取引の危険性を事前に判断しやすくする規定を設けるとともに、組合財産を勝手に減少させるような利益分配を禁止した。
(B)共同事業性
業務執行への組合員全員の参加義務
《解 説》
LLPの意思決定は、原則組合員全員の同意で行い、全員が業務執行に参加する必要がある。
ただし、業務執行の一部のみを他に委任し、業務を各自が分担することはできる。
つまり、業務執行の全部を他の組合員に委任して自らは何も業務執行をしないことを禁止している。
これを認めてしまうと、資金のみを出資する投資家が組合員となり、資産運用のプロとともにLLPを設立して、投資関係業務を行うLLPの成立を許してしまうことになる。
LLPはあくまで、それぞれの専門分野を生かした合弁事業や産学連携といった共同事業を活性化させるための制度なので、投資ファンドなどで利用される匿名組合・投資事業有限責任事業組合などのように投資関係事業へ活用することは、立法の趣旨に反するからである。
【有限責任事業組合の立ち上げの流れ】
組合員による組合契約の作成
↓ LLPの構成員(=組合員)は、組織の基本事項を契約書に記載し、全員で署名又は記名押印↓ する。
↓ 《全員の印鑑証明書必要》
↓ ※ 公証人による認証不要
↓
出資金の払込・現物出資の給付
↓ 組合契約書に基づく出資の全部を履行をする。
↓ 《金融機関の残高証明書や現物出資引受書が必要》
↓
↓
↓
組合契約登記の申請
↓ 名称、事務所の所在地、事業内容、組合員の氏名(名称)・住所、存続期間等を登記する。
↓ 《事業規模にかかわらず、一律登録免許税6万円必要》
↓ ※ 官公庁の許認可不要
↓
組合契約の登記の完了
組合成立日における貸借対照表の作成
※設立まで約10から14日程度で立ち上げが可能。