老親の生涯にわたる財産管理や生活・介護費用の給付などを子世代が支える仕組みとて活用が拡大している「家族信託」。
老親を支える子世代が複数いる場合、その中から代表して1名が「受託者」となり、老親名義の不動産や現預金の管理を担うケースが一般的です。
しかし、法律上は受託者の人数に制限はありませんので、受託者を複数にすることも可能です。
実際に複数の子が受託者となり、役割分担しながら協力し合って、受益者たる老親の生涯を支えたいという要望は少なくありませんし、仲良しの兄弟姉妹が二人で受託者となって業務を分担しているケースがいくつもあります。
ただ、受託者を複数にする場合には、気を付けるべきポイントがあります。
そこで今回は、受託者を複数にする場合の留意点についてご紹介します。
①金融機関で“信託口口座”が作成できない
受託者が複数いる場合、金融機関において“信託口口座”(※)を作成することはできないという問題があります。
“信託口口座”が作成できないとなりますと、便宜上、受託者の個人口座を“信託専用口座”として用意をして、金銭管理をする必要があります。
受託者が複数になりますので、それぞれが“信託専用口座”を準備して、それを信託契約書に口座番号まで明記するようにするのがお勧めです。
“信託専用口座”のリスクは、もし受託者に事故や大病があって受託者業務を継続できなくなった場合に、その口座を他方の受託者や予備的受託者がスムーズに引き継げる訳ではないという点です。
“信託口口座”で長期的に安定感のある金銭管理ができないことを踏まえ、“信託専用口座”の口座凍結リスクをどのように回避するかの備えも必要となります。
※ 信託口口座とは、信託契約公正証書に基づき「委託者 山田父郎 受託者 山田子太郎 信託口」というような名義で、受託者が信託財産を管理するために作成された口座のことを言います。
②受託者の財産管理方針が一致しないと信託事務が滞る
受託者が複数の場合、受託者業務、つまり財産の管理業務については、保存行為を除いて原則として受託者の過半数をもって決することなります(信託法第80条第1項)。
「過半数」ということは、受託者が2名の場合は、結局二人の意見が一致しなければ、管理行為や処分行為が円滑に行うことができなくなるリスクが有ると言えます。
具体的には、信託不動産たる建物を大規模修繕したり、新たに賃貸に出す場合などが考えられ、これらの計画が滞る可能性があるでしょう。
その一方で、信託財産たる金銭の管理や日常的な生活・介護等に関する支出については、複数の受託者間で役割分担をして、各自が金銭の出入金の管理ができるようにしておくことで、信託事務が滞らない工夫ができるでしょう。
例えば、長女と長男の二人が受託者となった場合、独居の老親のお日常的な生活費・医療費等のデリバリーは近くに住む長女が担い、遠方に暮らす長男は普段使うことの無い多額の非常用資金を長男名義の定期預金等にして預かっておくという役割分担が考えられます。
③信託不動産の建替えや売却など重大な処分行為が難航する
前記②と関連しますが、受託者が複数の場合、信託不動産の登記簿の所有者欄(甲区)には受託者2名の住所氏名が記載されます。
つまり、原則として信託不動産は受託者2名が共有しているのと実質的に同じ状態になります。
したがいまして、受託者全員が関わらなければ、信託不動産の建替えや売却手続きを完遂することができなくなります。
特に、信託不動産の売却に際しては、受託者全員が売主として積極的に関わる必要がありますので、物理的な距離やスケジュールの都合などで受託者同士がスムーズに連携することができないと、受託者1名の時よりも機動力の面で劣る可能性があります。
④“受託者借入”はできない
“信託口口座”が作成できる金融機関のうち、その一部においては、受託者に対して融資をしてくれるところがあります。
これを「受託者借入(信託内融資)」と言い、これにより受託者が借りた資金を元手に信託財産たる建物をリフォームしたり建築したり、又は信託財産となる不動産を購入することが可能となります。
しかし、前記①のとおり、家族信託に対応できる金融機関であっても、受託者複数の場合は、“信託口口座”の作成に対応ができません。
“信託口口座”の作成ができないとなりますと、その次のステップとなる受託者借入はできないことになりますので、注意が必要です。
【まとめ・結論】
以上の通り、受託者を複数にすることは可能ですが、留意すべき点・リスクがいくつかありますので、家族信託に精通した専門職を交えて、家族会議の中できちんと話し合い、敢えて受託者を複数にするべきかどうかを検討する必要があります。
受託者を複数にして兄弟姉妹で協力しながら老親を支え合う仕組みは、良策となり得ます。
ただその一方で、受託者を複数にしなくても、定期的な家族会議の中で財産管理や処分の方針を話合いで決めていければ、敢えて受託者という立場を複数にしておかなくても良い設計は可能だと考えます。
家族信託の設計上はあくまでも受託者は1名にした上で、財産管理方針を決定するプロセスの中で複数の兄弟姉妹が話し合って決めていくような運用面での工夫(定期的に家族会議を開いて、財産管理状況の情報共有や今後の財産管理方針について話し合うようにすること等)を模索しても良いでしょう。
受託者を1名にして運用面で対応する場合には、受託者以外の兄弟姉妹は予備的受託者(第二受託者、第三受託者)として後ろに控えておくことも良策と言えます。
また、受託者を単独にする代わりに、他の兄弟姉妹を受益者代理人や信託監督人に指定することで、兄弟姉妹が別の立場・役割で常に家族信託による財産管理に関与することができるような設計も選択肢にはなるでしょう。
家族全員のニーズと納得感を踏まえ、専門職の柔軟な発想の中で、最適な設計を追求していきたいものです。