『家族信託・民事信託を実行することのリスクやデメリットはありますか?』というご質問をよく頂きますが、結論として、きちんとした設計をすることができれば、家族信託・民事信託のリスクやデメリットはほぼ無いと言えます。
しかし、家族信託・民事信託を実行する際に注意(留意)すべき点がいくつかありますので、下記にご紹介します。
① 実務に精通した専門家が少ない
家族信託は、医学業界でいうところの“最先端治療”にあたりますので、医者なら誰でも外科手術できるとは限らないのと同様、弁護士・司法書士・税理士等の法律専門職なら、あるいは公証役場の公証人なら、誰にでも相談できるという訳ではありません。
中途半端な知識や経験の専門家に相談すれば、“医療過誤による被害”が生じるリスクが高いです。
最先端の財産管理・資産承継の仕組みである家族信託についてきちんとした見識と実務経験がある方にご相談することが必要です。
もちろん、誰にも相談せずに、書籍やインターネットの情報だけで家族信託を実行しようとするのは、自分で自分の“開腹手術”をするようなもので、絶対に避けるべきです。
② 損益通算ができないリスクを検証すべき
収益物件を信託財産に入れた場合、この信託不動産の年間収支上の赤字は、なかったものとみなされます(租税特別措置法41の4の2)。
つまり、信託不動産に関する損失は、信託財産以外からの所得と損益通算して課税対象の所得を減らすことができません。また、その損失の翌年への繰越しもできませんので、税務的に不利益が生じないかどうかは、十分な検討・検証が必要です。
また、信託契約を複数に分けた場合も、それぞれの信託契約をまたいだ損益通算もできませんので、家族信託の設計にあたっては、その点にも精通した専門家や税理士等にご相談の上、設計をすべきです。
③ 家族信託は「目的」ではなく「手段」という理解
昨今、『家族信託を使って節税をする』という観点でセミナーを開催したり、書籍を出したりする専門職も増えています。
確かに、お客様によっては、相続税対策として、家族信託組成後に不動産を売却したり、買い替えたり、賃貸アパートを建設したりして保有資産の組換えを実行することはあります。
しかし本来は、≪家族信託=節税策≫という短絡的な話ではありませんので、節税対策として家族信託を検討する方は、そのための青写真(節税計画)を持っていなければ、家族信託を組むだけでは何ら節税効果は見込めません。
家族信託を組むだけでは直接的な税務メリットが生じないこと、具体的には相続発生時における財産評価の減額効果が無いこと等は十分に理解すべきです。
老親や家族にとって何を実現したいのかという「目的」を明確にしなければ、そのための家族信託の設計はできません。
相続税対策なのか、成年後見制度に代わる負担の少ない柔軟な財産管理の実現なのか、将来の遺産争いを予防する目的なのか・・・。
相談者やそれに関わる専門職が、何を実現したいのかという「目的」をおろそかにしているケースがありますので、家族内で意思統一をすることの大切さを認識頂きたいです。
家族信託は、認知症による資産凍結対策、資産凍結回避の先にある相続税対策や空き家対策、あるいは事業承継対策、共有不動産の塩漬け回避策、親なき後問題への備え・・・など様々なニーズに応えうる「手段」であるという正しい理解のもと、まずは本人及び家族の“想い”を皆で共有した上で、その目的を実現する選択肢の一つとして家族信託を検討する必要があります。
④ 専門家への報酬を必要経費と割り切る
上記①に関連して、家族信託は最先端の仕組みであり、誰でも相談にのれる訳ではありませんので、相談料や受任に伴うコンサルティング報酬は、通常の遺言書作成や成年後見などの業務に関する報酬よりも高めです。
しかし、専門家に相談せずに家族信託を実行することは、あまりにリスクが高すぎてお勧めできません。
家族信託に関する報酬が他の業務に比べ高額なのは、多方面の法的知識を要することや家族会議に何度も同席することを想定しているからでもありますし、契約を締結したら終わりではなく、今後信託契約が継続する限りずっとサポートする前提で関わるからでもあります。
両親の老後の財産管理やこれから先何十年にもわたる財産管理・資産承継の道筋をきちんと作れることを考えれば、信託の実行時にある程度まとまった費用がかかっても、それ以後のコストはほとんどかかりませんので、長期的な視点に立てば決して高額な支出とは言えないです。
実際、費用対効果としてみれば、『このくらいの先行投資で、後々の円満円滑な財産管理と資産承継が実現できるなら、むしろお手頃な必要経費だ』と思っていただけるお客様が多いのも事実です。
⑤ 税務申告の手間が増す
資産の一部又は全部を信託財産に入れた場合、そこから年間3万円以上の収入がある場合は、信託計算書・信託計算書合計表を税務署に提出しなければなりません(法律上は、前年分を毎年1/31までに提出すべしとなっています)。
また、毎年の確定申告の際、信託財産から不動産所得がある方は、不動産所得用の明細書の他に信託財産に関する明細書を別に作成して添付しなければなりません。
これらの手間は増えますが、毎年の確定申告を税理士さんにお願いしている方にとっては、負担は何も変わらないと考えて良いと思います。
⑥ 長期に亘り当事者を拘束
信託の持つ機能としての≪資産承継の指定(遺言代用)≫、より詳しく言うと、“後継ぎ遺贈型受益者連続信託”として、1次相続だけでなく、2次以降の財産承継者まで自分一人で決定できるという画期的な機能が信託にはあります。
これにより、相続関係が複雑な家庭(前妻と後妻との間に子がいるケース)などの資産承継や事業承継などでは、この機能が大きな効果を持つ可能性があります。
一方で、何世代にもまたがり、長期に亘って資産の処分に制限をかけるようなことにもなりかねず、かえって争族や不測の事態を誘発しかねないリスクがあるのも事実です。
20年、30年先を見据えた家族信託の設計には、通常以上の熟慮と親族関係者への想いの伝達・共有・納得が必要だと考えます。
⑦ 信託ではできないことがある(信託の限界)
例えば、信託では対応できず、遺言でなければできないことがあります。
具体例として、遺留分減殺対象財産の順序指定が挙げられます。
また、相続発生時の遺産全てを生前の信託契約で網羅しておくことができませんので、信託財産から漏れる財産について遺産分割協議を排除するには、信託契約とは別に遺言書を作成し、主たる遺産以外のすべての遺産の承継先を指定しておく必要があります。
信託の限界のもう一つの例として、成年後見制度との比較における「身上監護」の問題があります。
信託の受託者は、当たり前ですが「身上監護権」がありませんので、「受託者」の身分で本人の入院手続きや施設入所手続きをすることはできません。身上監護権が必要であれば、成年後見制度を利用して、後見人として身上監護権を行使しなければなりません。
もちろん通常は、「子」や「家族」の立場というだけで入院・入所手続きをすることができるでしょうから、実質的には子や家族である受託者が身上監護面でも対応できるケースは多いと言えます。