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成年後見制度の課題・誤解と家族信託との使い分け

5月 1, 2017

成年後見制度は、認知症等の病気や事故、先天的障害などで判断能力が万全でない「本人」のために、親族後見人や司法書士・弁護士等の専門職後見人が、本人に代わって財産管理や契約行為などを行う制度で、本人が元気なうちから後見人を自分の意思で依頼しておく「任意後見制度」と、家庭裁判所が家族の意向や関係性を踏まえ後見人を選任する「法定後見制度」があります。

本稿では、成年後見制度の実務を踏まえ、後見制度が抱える課題と使い分けについてご紹介したいと思います

【目次】 
1.後見制度でできること・できないこと
2.後見制度の誤解・落し穴
3.成年後見制度と家族信託の比較
4.相続登記義務化の他にも大きな改成年後見制度と家族信託を上手に使い分ける!

 

1.後見制度でできること・できないこと

成年後見制度は、健常者と同様の生活水準を実現するために、本人の財産と権利をきちんと守ることをその制度趣旨としています。
そのため、特に成年後見人は、いわば本人の“分身”として、身分行為(婚姻や養子縁組、遺言など)を除き、全面的・包括的な権限を持つことになります。

しかし成年後見人は、本人がもし元気であれば実行したであろうことを推測し、何でも自由にできる権限を持っているかというと、そうではありません。
言い換えると、家族や一族が望むことであっても、本人にメリットが無ければ、後見人としてすることはできないというのがその制度趣旨から来る大原則となります(良くも悪くも、本人の利益のみを判断基準とする単視眼的な考え方が原則となります)。

後見人ができない行為の具体的なものとして、相続税対策が挙げられます。
例えば、生前贈与は、本人の財産を無償で減らす行為(本人の財産を毀損する行為)に他なりませんから、本人が元気であれば暦年贈与を継続して実行していたであろうことが推測される場合であっても、またいくら将来の相続税が軽減されるからと言っても、認めれらるものではありません。

また、余剰資金たる預貯金を投下して、収益物件を購入したり新築したりすることも(さらに後見人が借入れによる資金調達をすることも含め)、できません。
購入・建設資金に資金投下するならば、それを将来の入院・入所費用等の予備的資金としてプールしておくことが、本人にとっての利益に繋がるという考え方です。
この考え方は、たとえ本人の金融資産が1億円を超えるような資産家であっても同じです。

収益性の芳しくない賃貸不動産や空き家となった自宅を売却する場合も、本人にとってメリットがあるかどうか、言い換えれば、後見人の処分行為について合理的な理由があるかどうかを判断基準にし、できる場合とできない場合があります。
例えば、本人の預貯金が充分にあるのにもかかわらず、自宅や賃貸物件を換価処分することに、家裁は消極的です。

成年後見制度利用の下で、本人所有のビル1棟の大規模修繕の可否についても問題となることがあります。
マンションの資産価値の維持・向上を図る目的であっても、本人の存命中の費用対効果を考えた結果、被後見人の金融資産から数千万円を投下することが難しい場合もあります。

なお、成年後見制度における、できるできないの判断は、冒頭でご紹介した「任意後見」においても同様に当てはまります。
「任意後見」なら本人が元気なうちに財産の管理処分方針をきちんと書面に記しておけるので、何でも柔軟にできると言う専門職もいるようですが、任意後見制度も後見制度の一つである以上、前述の単視眼的な判断基準に則れば、任意後見人だからといって何でもできるとは限りません。

ここまで「後見人にはできないことがある」というお話をしてきましたが、そうは言っても、実務上は、後見人がやろうと思えばできてしまいます。
つまり、「居住用財産の処分」を除けば、原則として後見人は自己の判断で法律行為自体はできますので、収益性の悪い物件を手放したり、収益物件を購入したりすることはできます。

しかし、後見人は、定期的に家裁又は後見監督人に財産目録や収支状況報告書を提出しなければなりませんので、後見人の処分行為は事後的に問題になります。
後見人として、本人のメリットよりも将来の相続人のメリット(将来の相続を見越した財産の整理や資産の組換え)に目を向けた後見業務を行うと、悪質な場合は後見人を解任されることもあり得ます。

後見人は、常に本人と向き合い、本人にとってメリットがあることをすべき義務を追っていると心得ることが大切です。

 

2.後見制度の誤解・落し穴

ここからは、成年後見制度について一般の方々が誤解しがちなポイントをご紹介します。

一つ目は、成年後見制度は利用開始の動機・目的が果たせたらやめられるという誤解です。
成年後見制度を一旦利用すると、本人が判断能力を完全に回復する(病気等が完治する)か、本人が亡くなるまで、ずっと利用し続けなければなりません。

例えば、本人の判断能力が低下して銀行窓口で定期預金を解約払戻しできなくなった場合には、後見人が本人に代わって解約払戻しすることになりますが、定期預金の引き出しが後見制度利用の動機であり、主たる目的であっても、目的を果たせたから「後見制度の利用は取りやめます」「後見人は辞任します」とはいきません。
どのような動機・目的で始めたとしても、本人の寿命が尽きるまで後見人として寄り添う覚悟が求められます。

二つ目の誤解は、成年後見制度利用のランニングコストについてです。
一般の方にとっては、親族後見人が就いている場合なら、成年後見制度の利用にかかるランニングコストは発生しないと誤解している方は多いです。
しかし実際は、本人の保有資産が一定額以上あると、後見監督人が就けられるという運用が始まっており、毎月1~2万円程度の監督人報酬が、本人の死亡するまでずっと本人の資産から支払わなければならないという事態が起こり得ます()。

また案件によっては、月額3~6万円程度の専門職後見人への報酬とその後見人業務をチェックする後見監督人の二つの報酬が本人負担にさせられるということもありますので、後見制度の利用に伴う経済的負担については、予め覚悟を持っておくことも必要でしょう。

後見監督人の選任増加には、次のような背景があります。
一つは、後見案件の増加で、家裁が直接後見人からの相談や報告に対応しきれなくなってきており、個々の事案の具体的相談は後見監督人に担ってもらう必要性が生じている点が挙げられます。

またもう一つの理由として、親族後見人だけではなく、司法書士・弁護士等が就任する専門職後見人までもが、本人の財産を着服するなどの不正が横行していることが挙げられます。
最高裁によると、2015年に報告された後見制度を巡る不正は521件で、被害総額は約30億円にのぼると言います。
大半が親族後見人によるものですが、弁護士・司法書士など専門職後見人による不正も散見され、2015年の不正のうち37件(被害総額約1億1千万円)が専門職によるものとされています。
これを受けて東京家裁では、1千万円以上の資産を有する本人には後見監督人を選任する方針でいますし、弁護士や司法書士が職業後見人に就いている案件でも、本人の保有資産が1億円前後を超えるものについては、専門職後見人に対して後見監督人が就ける運用が開始されています。

 

預貯金が被後見人の資産の大半である場合には、後見監督人を選任する代わりに、「後見制度支援信託」を導入されるケースも増えています。これは、被後見人の財産のうち、日常的な支払をするのに必要十分な金銭を預貯金等として後見人が管理し、通常使用しない余剰金銭を信託銀行に金銭信託する仕組みです。この仕組みを利用すると、信託財産たる金銭の払い戻しを受けるには、資金の使用目的と必要予算を予め家裁に申請し、家裁が発行する「指示書」が無ければ、信託財産を後見人が勝手に下ろすことができないようになります。なお、この仕組みは、成年後見及び未成年後見にのみ利用できる仕組みで、保佐、補助及び任意後見では利用できません。

 

3.成年後見制度と家族信託の比較

本人が元気なうちから備えておくという点において「任意後見」と似たような仕組みとして、信頼できる家族・親族に財産管理を託す「家族信託」という制度があります。

「家族信託」とは、主として親が信託契約等により、自分が保有する不動産・現金・未上場株式等の財産を、信頼できる家族(主として子)に対して、特定の目的(信託目的)に沿って、その財産の管理や処分を託すという財産管理の一形態です。

ここでは、成年後見制度と家族信託の仕組みの違いを比較をしてみたいと思います。

一つ目の違いは、成年後見制度は、本人の判断能力低下後から始まり、本人の死亡までの一代限りの期間に限定されますが、家族信託は本人が元気な時(判断能力がある状態)に信託契約を交わすことにより即時にスタートさせ、場合によっては、自分亡き後の数世代にまたがって長期にわたり財産管理を託すことができる点です。

二つ目の違いは、成年後見制度における財産管理には、前述のとおり家庭裁判所等による制約が課せられますが、家族信託は、公的な監督機関はなく、あくまで家族間の信頼が基礎になります。本人の希望に沿ってさえいれば、相続税対策を踏まえた柔軟な財産管理や積極的な資産活用が可能となります。

三つ目の違いは、経済的負担です。
前述のとおり、成年後見制度には専門職への「報酬」というランニングコストが発生する可能性があり、またその具体的な金額は、家庭裁判所が審判を出すまで未定ですが、本人が長生きをしてくれた分だけランニングコストは増大することになります。
一方の家族信託は、家族信託の仕組みを導入する際には法律専門職の全面的なサポートが必要となりますので、イニシャルコストはある程度発生致します。
しかし、家族信託がスタートした後は、家族間だけで完結した財産管理の実行になりますので、必ず発生するコストとしては、信託契約書等で財産管理を担う者(受託者)の報酬を設定した場合を除き、ランニングコストは想定されません

その他の違いについては、比較表をご参考にしてください↓

★成年後見制度と家族信託の比較表(最新版)

 

4.成年後見制度と家族信託を上手に使い分ける!

成年後見制度は、その制度趣旨により硬直的な運用をせざるを得ない等の課題を抱えていますが、この制度で安心した生活を送っている本人及びその家族が多いのも事実です。
また、本人を支える家族・親族が近くにいない方や本人を支える家族に紛争性がある家庭にとっても、大変重要な役割を担っています。

大切なことは、成年後見制度の趣旨や運用実務をきちんと理解した上、成年後見制度を使うべき方が利用することです。
前述の「後見制度ではできないこと」を実行したいニーズをお持ちの方にとっては、敢えて成年後見制度を利用せず、家族信託や生前贈与、生前売買等で対処することも選択肢に入れておくべきです。

成年後見制度の利用対象者となる高齢者・障害者を取り巻く環境として、今後は、相談を受ける法律職(弁護士・司法書士・行政書士など)や行政の相談窓口(高齢者福祉課や社会福祉協議会など)が成年後見制度と家族信託制度に精通して、上手な使い分けのご提案・ご案内ができるようになることが急務であると考えます。

 

 

  • この記事を書いた人

宮田浩志(司法書士)

宮田総合法務事務所 代表司法書士

後見人等に多数就任中の経験を活かし、家族信託・遺言・後見等の仕組みを活用した「老後対策」「争族対策」「親なき後問題」について全国からの相談が後を絶たない。

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